9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

神になりきれ。

先日のブログ(末尾にリンク)と同じようなタイトルですが、別の仕事です。

 

書いている最中には「自分に許してしまう」のだけど、やっぱり引っかかっているんだと思う。

お風呂掃除の最中に(←これはよくあること)「あ、あかん、あれはあかん」と思いついたことがあるのです。

 

まぁ、一度書いたシーンを書き直そうってことなんだけども。

 

なぜだろう、最近のわたしは、ついつい「ぬるく」「ゆるく」書きがちなのね。

たとえば…あくまでも例ですが…主人公の母が死にそうだという設定にしたいのに、「母親が死んだらたいへんかなぁ、同様の境遇の読者さんにはきついかなぁ」とか考えてしまって、

「母の従姉が死にそう」

みたいに変更する感じ(これだって、人が死ぬわけですが)。

 

よけいなこと、考えすぎ。

その人物にとって「真実」なら、書けばいい。

もちろん、真実に見えるように書く必要があるけども。

 

たぶん、こういうときブレーキがかかる原因のひとつは、わたしの実母が現役会社員だからじゃないかな。

「死」なんて身近なものとして書いたらいかん、そんな気持ちが働くのかも。

 

でも待て、わたし、思い出せ。

 

もう20年くらい前、実父が手術(麻酔)ミスで死にかけたことがある。

母から動揺した電話をもらい、わたしも動揺して病院名が正しくメモれず(ケータイも普及しきってなかったころです)、やっと最寄り駅に着いてタクシーに乗ったら「いいの? 駅の裏側(すぐそこ)だよ?」みたいに言われ……

着いたら、父はぴんぴんしていて、「地獄の三丁目の電柱まで行ってきた」と笑っていたっけ(現在も存命です)。

 

そのとき、「こういう(ドラマみたいな)ことってわたしにも起こるんだ!」と深く思い、その気持ちをぶつけて書いた児童小説が、99年の「国民文化祭ぎふ」で優秀賞だった…

(ってことは20年以上前だわ)

 

つまり……

 

「誰かに起こるドラマチックなこと」を書かないで、何のための小説かよ。

こんなことも起こるんだと断言して、表現しきるしかない。

おまえは、その世界の神だろ?

神になりきれ。

覚悟を持て。

 

と、お風呂場で、スポンジ片手に気づいたという話です。

原稿、書き直そうっと。

 

gotomiwa.hatenablog.com