9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

習慣の中に習慣を作る

何を言っておるのだ? というタイトルでごめんなさい。

 

わが家には(基本)平日の朝のみ、お味噌汁を作る習慣があります。

作るのはわたしです。

それはいいんです。

自分のためでもありますし。

 

でも、正直言うと「お味噌汁の具」を何にしようか、考えるのが好きじゃない。

正確にいうと、具が決まっているときはお味噌汁を作るのが苦じゃない。

作業がイヤなのではなく、もちろんお味噌汁が嫌いなわけでもなく、「(具を)何にしようかな」と考えるのがつらかったらしいのです。

 

たまにツイッターで、夕食のメニューとお味噌汁の具が決まっているときは気が楽~なんてつぶやいていましたが、つまり「それを考えるのがつらい」ってことなのね。

そのことに、遅まきながら気づいたのでした。

 

気づいてみるとアホらしくもあるけど、朝のお味噌汁の具なんてパターン化しています。

大根か茄子か豆腐か……みたいなローテーションです。

二日続けて同じものにしない、くらいのゆるい縛りが(わたしの中で)あったので、

「昨日は大根だったから、今日はそれ以外」

みたいに悩んだり(?)したわけですね。

 

このことにもいろいろ考えているうちに気づいたのですが、朝のお味噌汁はわたしの完全な自由裁量なんですよ。

夕食のメニューなら「○○が食べたい」というリクエストが来ることもあるし、連日同じ料理を食卓に出したら「また、これか」と言われると思う……。

(作り置きや前日の残り物が並んでもいいけど、二日続けてメインがトンカツだったら……みたいなことです)

 

だけど……たぶん……大根のお味噌汁が二日続いても、何もいわれない気がする。

大根の切り方を変えたり、組み合わせるきのこ(必ず何か入れます)を変えるだけで、

「違う具です」

と言い張れると思う。

(たとえば「千六本の大根+しめじ」と「いちょう切り大根+えのき」は違う具だってことね。さらに、赤だしか九州のか、なんて味噌を変えれば……)

 

自分で勝手にやれるのに、味噌汁ごときで悩む朝があるなんて、もったいない!

気づくの遅すぎ。

「朝のお味噌汁を作る(朝食はごはんとお味噌汁)」という家族的な習慣があるなら、その中に「調理者」の習慣を作ればいい……楽になるように設定すればいい……。

思いついてみれば、簡単なことでした。

 

この記事を読まれて「記事にするまでもないことじゃろ、大げさじゃな、gotomiwaは」と呆れる方も多いと拝察いたします。

 

カイゼン大好きなわたしが、思いつくまで数十年(週に1、2回ずつ)「今朝のお味噌汁、何にしようかなぁ」と、うんざりしつづけたって……相当なことだと(わたしは)思うのです。

 

自分(の心身)をラクにする努力はいとわないgotomiwaですので、実は、ほぼ同時に思いついたことがありました。

それが、昨日の記事にもつながるのですが。

長くなるので別の記事で。

 

(「続きはCMのあとで」みたいになっていて、すみません)