(注:だらだらして、オチのない記事です)
ここ数年、あたりまえのように「ほぼ毎日」していることなので、わからなくなっているのかも……。
「わたし、このままでいいのかな?」
みたいな気持ちが湧くことがあるのです。
(いえ、「いいよ」とか「ダメよ」とか言われても、また困ると思うんですが)
わたしは、自分が楽しんでいると「プチ罪悪感」みたいなものを生んでしまう体質(体質か?)らしい。
「プチ」なのは、そのまま続けてしまえるから。
本気の罪悪感ならそこで動けなくなると思うから。
何かが楽しいとき、「わたしだけが楽しんでるんじゃないかなぁ」という不安が頭のどこかから湧いてくる。
漫画なんかでよく、主人公の頭上に天使と悪魔が浮かんでいるのがあるけれど、あんな感じで「悪魔」にあたる何かがポンと現れて、「醒めろ、醒めろ~」とささやいてきたり。
添削の仕事も「楽しい楽しい」と思っていると、「何か」が浮かんでくるわけですね。
先日、ツイッターに「思わず」書いてしまったの。
(アカウントがない人はツイートを読めない仕様だと言われているので、そんな方のためにコピペします)
【添削講評の仕事をしていると、「この原稿、作者さんに返したくないなぁ」と思うものに出会うことがあります。
返したら、二度と読み返せないから。
それほど素敵な作品だから。
でも、返さないわけにいかないので(そらそーだ)「活字になって戻ってきてね!」と願いつつ、ポストに向かいます。】
今年もすでに、「この人がこんなふうに書けるなんて!」とか「うまく言えないけど(←講師としてどうなの?)この世界観、いい!」とか「この空気感が出せるなんて、素敵な書き手さんだ」とか、感動し、泣かされている……。
「いいね」とか「すごくいいね」とか、ご本人にもお伝えしているのだけど……。
(もちろん、気にかかる部分に関してもお伝えして、ときには「その賞に送っても落ちるかも」的なことさえ言って、決して「ゴマすり」とか「ほめ殺し」とかはしていないつもりなんだけど)
とにかく……読むこと、講評することが楽しいときほど、「わたしだけか?」みたいな気持ちがポンと浮上してくるのです。
例によって何の結論もない記事だけども、今年は上記のようなことがよく起こるので、偶然なのか必然なのか、わたしの「感じ方」や「対応(講評の内容)」はこれでいいのかなどなどが、気になっているところです。
まぁ、ざっくりぶっちゃけると「わたしって果たして、役立つ講師なのか? 自分が楽しんでるだけなのか?」って自問自答しがちだってこと。
苦痛・苦悩80%以上が正しい、苦しんでこそ「仕事」であると、脳のどこかに刷り込まれているのかもしれません。
高カカオチョコレートかよ、って笑っちゃうけども。
ホントに楽しいんですよ。
というか、今のように楽しくなるなんて、この仕事をいただいた当時……見よう見まねの手探り状態で、「マジで」苦しんでいたころには想像もできなかったなー。
不思議ね。