まぁ、加齢とともに体力(特に脚力)が減っているのが最近の悩み……「どうにかせねば」な課題です。
それはともかく。
わたしは「質疑応答」が大好きなのですが、いわゆる「下手の横好き」。
思考に瞬発力がないというか、瞬発しても「浅い」というか、あとになってから、
「あのとき、こう答えればよかった!」
「あの回答、こう補足すべきだった!」
などと思いついて、身もだえることも多いのです。
どの講座でも、受講生さんから「○○してもいいですか?」「××するのはダメですか?」という感じのご質問をいただくことが多く、
「これこれこういう前例があるから、やめておきましょう」とか。
「それは考慮する必要ないと思います」とか。
足りないながら、回答させていただくのですが。
気づいてしまった。
児童文学は「文学」……芸術の一分野なのですよね。
作者さんが(その感性に従って)「こう書きたい!」と思ったら、それはもう、誰がなんといおうとそう書くしかないでしょう。
その先……コンテストの選考とか商業出版を検討されるときとかに、何かしら、変更すべきことが起こるとしても……。
まずは今、その情熱(創作意欲)のおもむくままに書いてみていい、書くしかない……そういう「活動」じゃないかと思うのです、「書くこと」って。
わたしに質問をくださるのは大半が「入選したい」「デビューしたい」という思いで書かれている方々なので、わたしの回答(入選・デビューしたいなら、こうしたほうがいい・やめたほうがいい的な)がまちがっているとは申しません。
でも、「そう書きたいなら止められない、だって芸術だもの」という気持ちを明確に抱いてしまった(頭の隅に置かれたままになってしまった)のも、事実なんです。
わが道を行こうと決めた人(決めたとき)に、講師って不要な存在なんだなぁ。
……なんて、自身の無力感に打たれ、震える、マゾなわたくしなのでした。