後天的に(?!)「後藤」という姓になって、藤の花や藤色が好きになりました。
なぜかわからないけれど娘も藤が好きなので、毎年、花を見にいっていたのです。
GWでは遅すぎることがあるので、今年は早めに。
4月が寒かったせいか、地元の方が「今年は遅め」と話していましたが(立ち聞きです)……なかなか「ちょうどいいとき」には行けないものですね。
今回は、よく見るタイプの藤は満開。
長く下がるタイプや、ブドウみたいな黒龍は半分ほど、という感じでした。
まったく咲いていない藤棚もあり、これからしばらく楽しめそうです。
……が、わたしはもう、当分行けないかも。
以前書いたように、このGWまでには娘の車とお別れだからです。
早めに行ったのも、それが理由です。
(時期的に)早めの藤を見た後は、よく出かけていたジェラートのお店で(時間的に)早めのおやつ。
ここにも、この先、いつ来ることができるかわかりません。
車でしか行けない場所はすべて、「今日で最後かも」という気持ちで回る、この春でした。
(夫も妹も乗せてくれるから、絶対に「もう二度と行けない」とは言わないけれど)
愛知県(尾張地方)では、行ったことないうちからわたしでも知っていたほど、江南市の曼陀羅寺が有名。
あとは津島市の天王川公園。こちらにも以前行きました。
もうひとつ、とても好きな藤がありました。
名所でも何でもない、隣の市の「とある藤」。
作品の舞台に……と思って、よく見に行ったけれど、今ではその場所がありません。
そうか……作品の中で蘇らせればいいのか。
書けるといいな。
うん。
小説を書く理由は「常にひとつ」なわけではなく、レイヤーの違うものが複雑に組み合わさっていることのほうが多いかも……なんてことを改めて思いました。
