この記事は、数週間かけて(書いたり消したりしながら)アップに至りました。
5月のカレンダーを見ていたら、「やり残したこと」が多すぎて(主に「任務」に関してですが)きっと駆け足で過ぎていくと「わかって」しまい……。
ここで一度、区切りをつけておこうと思って投稿する次第です。
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わたしのメインの仕事はすでに「添削講師gotomiwa先生」であり、自身が「出版したい!」という気持ちは小さくなっていくばかりです。
でも、書きたい作品が「ない」わけではない。
実際に「書きかけ」ている……(放置されている)。
この微妙な感じ……微妙になる理由について、ついつい考えてしまいます。
特に、贈呈式(懇親会)でフレッシュな書き手さんやお世話になった編集者さんにお会いすると……。
なぜ「今日」書いていないのか。
「書く時間がない」は絶対あり得ない。
たぶん「時間を作ろうとしていない」のです。
ところで。
わたしは昨年7月からFitBoxingを「毎日」続けております。
先日の記事に書いたとおり、連続300日を超えました。
たいていの日は、ほんの3分(100発前後)という、運動になってもいないような短さです。
それでも、毎日ニンテンドーのゲーム機を起動させています。
(コロナのときは発熱の隙をついて。東京出張の「出発前」と「帰宅後」も)
ジャブだ、フックだ、を10か月以上、毎日できるのに、なんで「毎日書く」ができないのでしょう?
「よし、書こう」と身構えるからいけないのかも?
毎日3分でもいいんじゃないのかな。
まぁ、3分書けば、結果的に5分や10分になるかもしれないし(作業興奮というものですね)。
今日書いた部分を明日捨ててもいいのだし(これまでだって「三歩すすんで四歩下がる」なんて、フツーでしたから)。
ところで(その2)。
わたし、自身に関して記録をつけるのが好き(?)なんです。
日々の睡眠時間とか、朝の体温とか。
そうそう、この年齢ですから血圧も。
作品に向き合った(実際に書いた)時間(または枚数・文字数?)を、記録してみようかな……なんて、いま思っています。
記録の習慣が書く習慣になっていくかも、って。
習慣なんてこと考えなくても(すべてに優先して)書きまくっていたころを思うと、苦笑しちゃいますけれども。
とにかく「数字」にしていけば、「ああ、わたし、何もしてない」と自己嫌悪に陥ることもなくなる……かもしれません。
資料探しなども、ちゃんと時間を作って、日々の生活に組み込んでいきたいと思うのです。
4月以降、「早朝に仕事する」も習慣化しつつありますし。
ところで(その3)。
このことを考えていたら「あ、プロットが要るわ」と気づきました。
「毎日少しずつでも~」なんて、行き当たりばったりに文章をつづっているより、
「今日はこのシーンのさわりだけ書けた!」
書くべきところを埋めていくほうが……それが見える方が(ジグソーパズル同様)完成にも近づきやすいと思うのです。
その「書きかけ」の作品、なかなか枚数が増えないのはプロットの立て方が甘いせいもありそう。
まず、きちんとアウトラインを作るところから。
そんな手順でやってみたいと思います。
・・・
ところで(おまけ)。
習慣にすることで前に進めるのなら、滞りすぎているエスペラントの中級講座も進みを早くできる、かも?
内容によりますが、書き取り課題なんてけっこう速く(何度も聴き直さなくても)できるようになってきましたし。
これについても、ちょっと考えてみます。