ですよね。
ごめんなさい。
春は苦手です。
中途半端に放っている作品のことを突きつけられるから。
そう、それはわたしの宿題なのです。
突きつけられたのに、すぐには動けなくて。
こんなの言い訳ですけど。
わかってるんですけど。
でも、5月は……
・年度初めの「任務」を片づけねば……(一週間集中して、幸運にも完了できた)
・リアル童話教室がはじまるし……(全受講生を「応募者」にするためには?)
・文学学校で、講評担当なので……(アレを見た方! 忘れてください!)
・児文協の贈呈式や総会があるよ……(迷った末、一泊で上京することに)
・その他……(ま、いろいろあるよね)
これらが落ち着くまで、宿題に没頭できないと思ったのです。
そして、5月は去りぬ。
残ったのは、宿題その2。
そうなのです、宿題が増えていたのです。
ここから十数行削除。
感謝も後悔も、ネット上に書くことではないと思い直したからです。
そう、わたしが書かねばならないのは作品……入力された「完成原稿」だよ(脳内の空想でも「プロット」でもなく)。
十数行じゃすまないような、膨大な「想い」があります。
十数行にまとめてみて、結局消しましたけど。
とにかく……もう「5月のせい」にはできない、それが(この記事の)結論です。
添削講評のgotomiwa先生……なんだけど、しばらく「物書き」もなってみます。
「5月のせい」で添削を待ってくれている作品も山積み(比喩ですよ。みなさんの原稿は「立てて」ます)。
老いてふやけた脳でどのくらいできるかわかりませんが、時間だけはあるはず。
何とかします。←曖昧…(^^ゞ
・・・(以下は余談です)・・・
デビューしたい方や、「次の本」のために苦心されている方には、叱られてしまいそうですね、この記事。
宿題があること、つまり書いたものを読んでくださる編集者さんがいる、というのは、恵まれた状態ですものね。
その「状態」を作ること……そこに至ること自体がむずかしくなっていると、今回、東京で身に染みました。
以前は、パーティーで名刺交換→原稿持ち込み→出版(途中、端折っています)的な流れはめずらしくなかったのに。
今では、持ち込みは「できない」といっても言い過ぎじゃないと思える状態。
投稿サイトやSNSにあげた作品を「見にいくことがない」という編集者さんたちの「証言」は、それが目的ではなく投稿サイトを使っているわたしでさえ、軽くショックでした。
(画家さんのポートフォリオは別です。画家さんは以前から、ネット経由で見いだされることがよくありましたし、今も同様でしょう)
デビュー後でも挑戦可能な賞はあるけれど、著作がある人は不可という賞もあり、応募のチャンスも減ってしまうデビュー後のほうが、たいへんなんじゃないかな。
わたし自身の新人時代だって「楽ちん」では決してなかった(だから、さまざまな「自分の売り込み方」の作戦の情報交換などもあった)けど、今はさらに厳しいのだと思います。
わたしなら乗り越えられるだろうか……と考え、震えています。