数日前に、こんな記事を書きました。
これを書いた日、「わたし、絶対、昼間がっつり寝ちゃうわ」と思っていたのに、寝ようと試みても「続きのシーン」が浮かんできて……結局PC前に戻って入力したのです。
その後も、入浴中にいきなり脇役がしゃべりだしたりして。
「この人、どういう理由でそんなことをしたんだろう」
って、ずっと考えていたのに、本人が教えてくれました。
「(主人公がこういう子だから)自分はそうしたんだよ」と。
(このときはPCに打ち込む体力がなかったので、紙にメモだけ取りました)
登場人物たちの言動に「へぇ! そうなんだ!」と驚きつつ……。
「ああ、この感じ、そういえばあるある!」と、なつかしんだりもしました。
よく「登場人物が勝手に(自分から)動く」みたいなことを言いますよね。
わたしも以前から経験しているのですが、今回、何年もまともに書くことができなかった物語が、主人公のキャラ(?)がわかった途端、動き出した感じなのです。
正確にいえば、主人公のまわりの人物たちが「自分が何をすべきか理解しはじめた」みたいな……?
主人公が「キマらない」から、ほかの役者が揃っているのに、みんなボーッと突っ立っていたのですね。
(うまい例にならないけど、主人公は生後半年の赤ちゃん、と決めれば、母親の日々の行動も決まる……おむつを替えたり話しかけたりするようすが見えてくる……そんな感じです)
実際に書きあがるのか、書きあがったとして「おもしろい」のかは、まったくわからないのですが(←ここらへんも、わたしのダメなとこね)……わたしだけは楽しいのです。
この、頭の中に世界が広がっていって点と点がつながる瞬間が「快感」なのです。
たとえば、「ボーイズ・イン・ブラック」。
これ、全4巻なのですが、4巻目のラストが見えたのは……「物語がどのように終わるかがわかった」のは2巻目を書いているときでした。
不意に降ってきたんです(どこを歩いているときに「降ってきた」のかも未だに覚えてます)。
わたしにとっては「あるある」なことなのですが、客観的には「あッぶねーっ」だよね……(^^ゞ
だけど……書いてみないと……書きながらじゃないと、見えてこないこともあるんだよなー。
こんなふうだからプロットを書くのが苦手だし、それなりに書けるようになったとしても、原稿にするときにはテキトーに無視してしまいそう。
(「仕事」ではプロットが書けるほうが絶対に有利だとわたしは考えていますけども……自身は「不利」ど真ん中です)
創作活動は、楽しい。
楽しいから、つい「別に仕事じゃなくても(出版されなくても)いいじゃん」と思ってしまったりもするのですよね……
(それで、しょっちゅう「引退するわー」とか言い出すし……)
ほんとに「ダメ」だと思います。
(なのに、ニマニマしてる今)