9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

「あんず」……記憶の扉は開くかな?

先日、「あんず ~心の扉をあけて~」というミュージカルの話を(関係者である)お友だちとしたのですが、昔、同じ日に観ているはずなのに……わたしの記憶は結構ぼやけておりました。

 

思っていた以上にぼやけていた証拠に(?)当時の日記を読み返して「こんなこと、あったんだ!」と驚きまして……それゆえに、コピペでご紹介することにしました。

 

以前「愛と夢の童話コンテスト」(アイエヌジー生命主催)という公募がありました。

選考委員長は小椋佳さんでした。

入選作(最優秀、優秀賞などのほかに、ミュージカル賞があったのです)を活かしたミュージカルが作られ、上演され、入選者たちが招待されるという、素敵なイベントが開かれたのでした。

生まれて初めて、天王洲アイルに行ったなぁ(その後、一度も行ってません)。

当時「天王洲アイルって何?」と困惑する地方民だった……

 

長くなりますが、ミュージカル「あんず」の感想からご覧ください(お時間のあるときに)。

2000年9月の日記です。

 

・・・・・

9月3日、天王洲アートスフィア(劇場名)で行われたミュージカル公演、「あんず~心の扉を開けて~」を見ました。

実は私、よくわかっていなかったのだけど、小椋佳氏が監修するミュージカル、子供がメインなのですね。出演者のうち「大人キャスト」はふたりだけ、あとは、10才から16才くらいの少年少女ばかりです。

ストーリーは、「10才の時に、自分のせいで兄を死なせた」その心のキズのために子供のころの記憶をなくしているあんずという高校生が、その記憶を取り戻し、「幼い自分と和解する(当時の自分を許す)」物語。

どういういきさつでそうなったのかっていうのが、ミステリーっぽく語られていくのです。

で、子供のころから「お兄ちゃんがほしかった」第一子長女のわたしは、あんずとお兄ちゃんの関係に涙しつつ…物語の中でふたりも人が死ぬので、「泣かせ技」としては反則かなって気もするのですが、そのふたつの「死」も関わりを持っているのでした。

ミュージカルに縁のないわたしなので、今回、初めて知ったのですが、ミュージカルって、当然「歌」がでてくるでしょ。

「歌」そのものが、「伏線」になるんですね。

うまくいえないけど。

たとえば、健康なときに幸せいっぱいで歌った歌を、病床で歌うと、涙を誘うじゃないですか、そういう感じ…。

べろべろ泣きながらも、そういうことをいろいろチェックしてしまう、わたしの頭…。

カメラは、わたしの隣にありました。

舞台の録画は、ビデオ発売もされますが、今回のはテレビ放送もある、というウワサです。

機会があれば、見て見てください(詳しくわかったらお知らせします)。

さて、公演後、劇場近くのレストランの一角で、懇親会が開かれました。

わたしは去年の招待の時は不参加だったので、作品集2年分を持参して、小椋さんにサインをいただいてきました。みなさん、色紙とかお持ちで、サインをお願いしていましたが、小椋さんはひとつひとつに、ちがうメッセージを入れてくださるのです。言葉が無限に出てくるのね。

ではここで、会場で漏れ聞いた、あるいは図々しくも「インタビュー(?)」した、いくつかのことを書こうと思います。

まず、アイエヌジー生命の「担当者」は、H氏。電話連絡等も、みんなこの方からでした。

H氏に聞いたことを、インタビューっぽく書いてみますね。

「先ほど、応募された作品はアイエヌジーの社員が下読みするとおっしゃっていましたね」

そうです。ひとり10作とか割り当てを決めて、全員で見ます。ぼくだけは応募作、全部見ますよ。

「全部ですか?」

だって、見ないと、不安じゃないですか。

「じゃ、今まで4回で、1万作以上、ごらんになったわけですね」

ぼくと、作家の先生の中で、川北亮司先生が全作に目を通します。

「え、応募すれば必ず、川北先生には読んでいただけるんですね!」

やはり、プロの目が必要なのです。ぼくには専門的なことはわかりませんし、おもしろいなと思った作品が既成の作品に似ているとか、そういうこともわかりませんから。でも、受賞作を読むのって、ぼくのような一般人じゃないですか。だから、川北先生とぼくの意見をすりあわせる形で、選考をしていきます。

「最終選考に残るのは、どのくらいなんですか?」

最終選考の前の段階、600くらいは小椋さんが読みます。選考委員全員が読むのは60くらいですね。

「ひえー、最終まで来ても、5人にひとり、なんですね。ところで、今回、川北先生の選評で名指しで誉められている方は、わたしの友だちなんですよ」(*最終選考からの入賞率は年によっては4人にひとりくらいの割合になります)

そうなんですか! 受賞にいたらなくても、光るものがあった作品はそういうふうに紹介していただいています。以前の選考でもあったんですよ。素晴らしい文章を書いてきた高校生とか。

(別の方の質問)「童話って、小さい子も読みますでしょう? 愛と夢…では大人が読むことを考えていいわけでしょうか」

うーん、やはり大人も楽しめるような…というか、童話っていいものは大人になってから読んでも感動するじゃないですか。幼児だけに通用するようなもの、じゃない方が…たとえば、動物がしゃべるような作品、「かぶりもの」ですね、そういうのは、うーん、いいなぁって思わせるのは、少ないですね。

「他に、『これは落ちるぞ』っていうのはありますか?」

愛と夢…という賞名のせいでしょうか、いろいろ物語ってきて、最後に来たら「目が覚めて、今のは夢でした」…こういうのが、けっこうあったり。

「いわゆる、夢オチですね。これは、どの賞でも禁じ手ですね」

名前を伏せて選考する賞は多いでしょうが、ぼくは、応募者の名前を見ながら読みますから、常連的な人は覚えますね。もしかして、つい、点が甘くなっていることもある…かもしれません。

 

・・・・・・・・・・・・(以上、当時の日記、誤記も原文ママ)・・・・・

 

あくまでも(今はない)公募童話賞の、主催者サイドの方のお言葉ではありますが……。

確かに、受賞作品を読むのは「一般の方」なんだよなぁと、改めて気づかされたり。

「かぶりもの」という一語(忘れていました)も軽く衝撃で……息が止まるような感覚がありました。

そう呼ぶんだ、ってことにも「ううっ」と来たり。

確かに……初心者の方は「書きがち」かも、「かぶりもの」。

わたしも、初応募の作品は主人公が魚だったし。

 

もちろん、「動物さんたちのお話」も必要とされることはあるし、高く評価されることもあります……。

でも、「童話賞だから、かわいい動物さんたちのお話を書く」みたいな固定した思いでお話を作ってる方には、

「いやいや、もっと広く、もっと自由に」

とお伝えできるといいかも。

わたし自身、発想の転換(童話というものへの思い込みからの脱却)以降、応募結果が変わりましたから。

 

以上、長い記事になりました。

お許しくださいませ。

 

(今夏再演もされましたが、当時の「あんず」、YouTubeで検索すると出てくるみたいですよ)