日々講評を書いていて、その仕事が好きで、「るんるん♪」進めているように見える……かもしれないgotomiwaです。
日々で、好きで、るんるん♪
これ自体は嘘偽りがないのですが、じゃあ、何の迷いもためらいも戸惑いもなく書いているのかというと、それがあって「困る」場合……「るんるん♪」が停止することだってあるのです(変な文)。
わたしが講評に「困る」とき、それは「厳しいことを言って嫌われたくないわ」的な忖度のせいではない……と、最近、自分の「困りっぷり」を俯瞰してみて、気づきました。
わたし、けっこう厳しいことを言ってます。
内容的にはね。
「言い方」をきつくしないように気遣うこと「も」あるというだけ。
いい例が浮かばないけど。
ケースバイケースだけど。
気遣いがアサッテに逸れて、笑顔で罵倒する、むかしの竹中直人さんの芸みたいになってることだってあるかもしれない……(自分で怖い)。
最近「頭を抱えた」事例のひとつは、連続講座の受講生さんに「また同じことを言わねばならない」状況になったときでした。
「前に『これはやめようね』って言ったのに、伝わってなかったのか」
みたいな感じ。
ここで、育児でありそうな場面のように「何度言ったらわかるの!」的に叱らない、という意味では「忖度している」……のかな?
でもさ。
𠮟ってどうなるのよ。
同じことを何度言ったって、伝わらないなら……それはこちらの「伝え方」のせいって場合もあるでしょ?
違う方向からアプローチしようか(じゃあ、どの方向から?)
それとも、もう一度くらい同じことを言ってみるか(大事なことだから2回言いました的に)。
そんなことを考えて、しばし「るんるん♪」も止まるのですよね。
……ここまで書いて、しみじみ思った。
わたし、そういう時間も含めて講評を書くのを楽しんでいるんだな。
苦しむのも好きというか……マゾかな?
それくらい、この仕事が好きらしいです。
自分でもびっくりだ……。
とにかく伝えねば。
今日も、あれこれ考えます。