不意に、そんなフレーズが浮かんできました。
少し前に流行った(今も流行ってる?)書籍のタイトルみたいだけど。
それで、未来の自分を叱咤するためにも今日の記事を書きます。
公募時代……一般的な(企業や自治体の)童話賞では、入選した作品がほぼそのまま活字になりました(作品集収録など)。
「ほぼ」なのは、表記を変えたり、みたいなことはあったからです。
でも、仕事で書くのは違う。
「OKです(内容的に)」と言われた後に「OKなので書き直して」みたいになることがある……というか、書き直しを経ずに本になったこと、あったかな?
その直しの指示がプロット段階で来るなど、ケースバイケースではあるのだけど、とにかく「直し」ができないと「その先」もない……。
もしかすると、「直し」は初稿を書く以上のエネルギーを要するかも。
ってことは、初稿段階でひーひーいってちゃ、あとが続かないってことだ……うわあ……(と、頭を抱える)。
古い作家仲間に会うと「ゴトウは公募時代すごかった、入選しまくった」的な、偽神話(?)を語られることがあるのだけど(落選数こそ、すごいんだい)。
もし……もしも、わたしが公募での入選しか体験していなかったら(出版のためには書き直すんだよ、と知らなかったら)たぶん……たぶんだけど、
「カン違いした人」
になっていたと思う。
「わたしは書けるオンナ。プロ並み、ううん、もうプロね、ふふん♪」
みたいな?
……うまく言えないけど。
とにかく、デビュー当時から作家仲間とよく話題にしたり、少し前も記事にした気がする「どうなればプロか」という、その条件みたいなものに、
「出版のための書き直し要請に120%応えられるのがプロ」
と入れたいキモチなのです。
だから、講座とかでも「書き直してね」と言ってしまうのかも。
作者個人の「推敲」(これも大事だけど)と、わたしがこの記事を書きながら思い浮かべている「直し」とはベツモノです。
作家を目指すなら、「がらりと変える体験」はしておくほうがいいと思う……。
実際、内容が認められてもグレードを変えて(必然的に枚数も変えて)出版とか、あるし。
公募の経験だけだと、書いたものは「入選するか・落選するか」の二択。
(直せたら賞をあげますよ、みたいなのは、普通はないもんね)
わたし自身はその潔い二択も好きだったんだけど……仕事にしたいなら「直し」で食らいつく体力(?)が必要になると思うから。
老女になった今、作品(初稿)が書けたとして……編集者さんに読んでいただけたとして……「直し」要請が来たとき、その瞬間の衝撃を受け止められるのか※……不安なのです。
体幹は鍛えるべきですね、やっぱり。
※「120%応じられるのか」以前のハナシです、とほほ。