寝起きにスマホを見ていたら(枕のそばにスマホを置いて寝ることの是非は脇に置くとして)「マーダーボット・ダイアリー」の著者……わたしのかわいい「弊機」の生みの親であるマーサ・ウェルズの記事が出てきました。
wired.jp記事自体の内容はわたしにはむずかしいところもあって、現時点では斜め読みなんですが、中に、いわゆる創作修行の話題があり、
「批評形式のワークショップ」
という言葉が出てくるのです。
はじめ、さらっと読んでしまって……あとから気づきました。
「あ、合評会か!」
わたしはデビューするまで、児童文学の世界に「同人誌」(二次創作ではなく、同好サークルの発表誌ですね)があることも、そういうサークルがいくつもあることも知らなかったし、「合評」という言葉もたぶん知らなかった(聞いたことがなかった)んじゃないかな。
「合評会」というものに参加することも、もちろんなくて。
最近……自身がそういうものを体験して以来、合評の際に「グループレッスン」という言葉を使っています(使うようにしています)。
グループレッスンのメリット(のひとつ)は、自分以外の誰かの成長や失敗が自分自身の学びになること。
ぶっちゃけ表現だと「人の振り見て我が振り直せ」ができることです。
自分の原稿では気づけないのに、なぜか人の原稿のミスは気づけたりするもんね……。
(もともと自分の原稿のミスは気づきにくいものなのです。何人もが目を通している出版された本にだって誤植はあるんだから、気づけないものはしようがないと思う!)←老年の主張
お互いの作品を読み、意見を交換することで、お互いの学びが積みあがっていくのが合評会。
この四半世紀、その呼び方しかしてこなかったので、
「ワークショップ」
という表現が(よく見る言葉なのに)すごく新鮮に見えて……。
「合評会」という昭和な響きもいいけれど、カタカナ語が好きなわけでもないけれど、違う表現をすることで新しい書き手さんにふりむいてもらえるかも……なんて考えたりもしたのでした。
そういえば、ワークショップって(よく見る言葉なのに)どういう意味だろう。
検索すると、AIがこんなふうに答えてくれました。
「ワークショップとは、参加者が主体的に体験・対話・作業を行いながら学びや課題解決を進める参加型の学習・研修形式を指し、講師の一方向の講義とは異なり、共同作業や議論を通じて理解を深める場です」