という、勝間和代さんの20年近く前の本があります(2008年刊行)。
読んだ記憶はあるけれど、内容はおぼろ。すみません。
タイトルの(勝間さんがいわんとしていることの)正確な意味もわかりません。
すみません。
ただ、このタイトルのフレーズはよく思い出します。
「起きたこと」を、「これが正しい=こう生きてよかった」と受け入れる(ときには「こうなったのは当然だ」と諦める)意味で思い出すこともあります。
日本児童文学者協会・事業部長として連続講座に関わった4年間(その前年の「見学」も含めたら)すでに20名以上の講師の方のお話をPC越しにお聞きしていることになります。
デビューの経緯、出版の経緯をうかがうと、
「AがあってBに出会ったからCになり、Dという結果(出版)につながった」
みたいなエピソードが登場することも多いです。
(いうまでもないですが、どのAもBもCも、まったく違う出来事です。同じルートを取れば作家になれる、という話ではありません。そもそも同じルートなんてないのです。同じ新人賞を獲っても「その後」が違うのは公開の事実。一目瞭然ですよね)
そんなABCを聞くと、勝間さんの本のタイトルが脳裏によみがえるのですが……。
最近ちょっと変わりました(進化しました)。
「起きていること」を「正しくする」には、そのための能力が必要なんだなって思ったのです。
(勝間さんがいいたいのはそういうことなのかも……)←違うかも(^^ゞ
たとえば、上記のABCDが、
「協会のパーティーに誘われて」
「会場で編集者さんに紹介されて」
「作品を読んでもらうようになり」
「出版された」
だった場合。
誘われても「わたし、引っ込み思案で~」と断ったら?
出かけて、編集者さんを紹介されても、帰宅後に迷った末、メールしなかったら?
原稿を持ち込んでも、ボツになって諦めたら? あるいは書き直しのチャンス(大チャンスです!)をもらえたのに、筆力(とか根性とか?)が足りずに期待に応えられなかったら……。
起きていることを「正しくする力」……それをどこかの段階で発揮しないといけないのだろうな……運をつかむ握力、流れに乗る勇気……のようなものが要るんだろうな。
と、改めて思うのでした。
(最終的に「創作力」も必要なのですが)
わたしにも、いっぱいABCがありました。
詳しく書けないけど、上記の例のAがパーティーではなく「お葬式(作家さんのお別れの会)」だったことも2回ほど。
「行きます」と言って上京するフットワークの軽さもあったのですよね、当時。
(BやCは例のとおりではないけど、その2回はDにつながりました)
一方で、チャンスとわかっていても活かせないことも……(^^ゞ
でも、このABCの流れをいっぱい経験したから(活かせたり、活かせないことを悔やんだりしたから)今もどうにか「ここ」にいるのだと思います。
いつまでできるかわかりませんが、ABC…的な流れを体験させていただけるなら、ひとつでも先につなげていきたい。
そんなことを思う、講座後なのでした。
講師のみなさん、本当にありがとうございます。