はてなブログの【今週のお題】が『下書き放出!』なので、笑ってしまいました。
(びっくりマーク付きなの)
はいはい、いっぱいありますよ、下書き。
少し前にいくつか消したけど、まだいっぱい残ってる(し、日々ジワジワ増えている)のです。
昨日、掌編の話を書いたから、その関連で、以下の下書きを「放出!」します。
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エスペラント語の掌編小説集の読書会……の記事を以前から何度か書いているのですが、それを読み返していて、「むー」と唸ってしまった。
読んだ掌編のうちの一編を「翻訳」してみたことがあるんですけども、わたし、タイトルを「二枚の切符」にしていたよね…。
今、改めて原題を見ると「Du biletoj por teatro」で。
劇場に入るためのチケット、みたいなことなんですが……「二枚の切符」だとその「劇場」という情報が抜けてるんです。
まぁ、とにかく、最初で最後のわたしの翻訳掌編。
読書会でベテランの方々の訳を聞いたうえでのことなので、内容的にはそんなにまちがっていないはず。
ただ、わたしが訳すと意味もなく「児童文学っぽい文章」になるんだなとわかって、おかしかったです。
(原作は、児童文学ではないです)
「二枚の切符」
年老いたディンコは、今日も公園のベンチに座っていました。
毎日毎日午後になるとここへやってきて、ディンコは人々を眺めているのです。生徒たち、青年たち、近くのオフィスで働いているらしい男女が、ディンコに気づきもせずに、忙しく通り過ぎていきます。
ディンコはまるで銅像でした。銅像は何も求めません。実際、年金暮らしの彼には、ほしいものなどありませんでした。お金も要らないし、昔の仲間に会いたいとも思いません。どうせ、おれのことなど忘れているさと、彼は思っていたのです。それは、重い鎖に絡みつかれているような日々でした。今日が何曜日なのかもわからなくなるほどでした。
そんなある日、いつものようにベンチで花壇の花を眺めているディンコの前に、ひとりの若者が足を止めました。そして、ていねいに挨拶をしたのです。
「こんにちは、ミロフさん」
ディンコは驚いて、青年を見つめました。どう見ても、知り合いではありません。
(どうやっておれの名を知ったんだ?)
ディンコは心でつぶやきました。
「ぼくを思い出せませんか?」
青年がほほえみました。
「ちっともわからん」
いぶかしげにディンコは答えました。
「ぼくはヴェスコです。あなたが、切符なしで日曜劇場を見せてくれた、あの子どもですよ」
ディンコは思い出しました。
長らく忘れていた光景が、その目に浮かんできたのです。
何年も前のこと、ディンコは劇場付きの役者でした。そのころ、日曜日には子ども向けの出し物があり、彼は劇場の入口で、両親に連れられてくる子どもたちに呼びかけていました。
「ようこそ! さあ、楽しんでいっておくれ」
みんな、急いでロビーに入っていきましたが、扉の前にひとり、子どもが残っていました。黒い髪で、オリーブの実を思わせる大きな瞳をした男の子でした。
「どうして入らないんだい?」と、ディンコは声をかけました。
「ぼく、切符がないんです」
「お父さんやお母さんは買ってくれなかったのかい?」
「うん」
「なぜ?」
「父さんも母さんもこの町にはいません。スペインに働きにいってるんです」
「じゃ、誰がきみの面倒を見てるの?」
ディンコは男の子を見つめていいました。
「おばあちゃんです」
「それなら、きっとおばあさんが切符を買って、いっしょに芝居を見てくれるよ」
「おばあちゃんは、子ども用の芝居なんか見たくないよっていうんです」
男の子は小声で、そう答えたのでした。
「坊やの名前は?」
「ヴェスコです」
「よし、ヴェスコ。入って、芝居を見るといい」
ディンコはそういって、男の子をロビーに招き入れました。
「切符がないのに?」
ヴェスコは驚いて確かめました。
「ああ、切符なしで。きみは切符なしでいいんだ」
涙を溜めていたヴェスコの大きな瞳が、喜びに輝きました。
二週間後、ヴェスコはまた劇場にやってきました。ディンコは切符を持たない彼をまた劇場に入れました。そんなことをくりかえすうち、ヴェスコは劇場が大好きになり、子ども向けの芝居を全部見たいと思うようになったのです。
「ヴェスコ、きみは大人になったんだな」ディンコがいいました。「今はどこで働いているんだね?」
「ぼく、役者なんですよ、ミロフさん。今は、あなたがいた劇場で芝居をしてるんです。ぼくは何度か、ここであなたを見かけていました。とうとう今日、話しかけようと決意したんです。あなたに切符を二枚お渡ししようって。どうか、奥さまと今夜、来てくれませんか? ぼくの芝居を見てもらえたら、うれしいんです」
「ありがとう、ヴェスコ、必ず行くよ。だが、残念なことに、妻は何年も前に死んでしまったんだ。よし、誰か、友だちを連れていこう」
そういいながら、ディンコは涙があふれるのを感じていました。
それはずっと前、ひとりぼっちで劇場前に立っていたヴェスコの大きな瞳にあふれていたのと同じ涙でした。
(おわり)