9時から4時まで

可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

「あなたの秋はどこから?」

「わたしは首から」

 

涼しくなってきたので、久しぶりにネックスピーカーを引っ張りだしてきました。

 ん? ちょっと待って。

「引っ張りだしてくる」という表現は、現実の行動に合ってないな。

実際は、引っ張らなくても取りだせるところに置いてありました。

放置でした。

 

わたしの場合、夏のあいだ首にかけることができるのは、タオルか綿のストールだけ(汗取りです)。

ネックスピーカーなんて、とんでもない。

携帯用扇風機を首にかけるのさえ、いやなのに(「暑いから」という矛盾)。

スピーカーのせいで汗をかくでしょうし、防水タイプでもない限り(汗で)溺れ……いえ、壊れかねません。

 

そもそも、音楽を聴きながら作業するとか、そんな気も起こりません。

ただひたすら、

「暑いよー暑いよーひーはーふー」

という感じなのですから。

 

ネックスピーカーを使える。

秋が来た証しです。

(まず聞いたのはクリスマスソングコレクション…という、季節感の混乱ぶり)

リクエストにお応えして

また甘酒を作りました。

正確には、ヨーグルトメーカーに作ってもらいました。

(より正確には、ヨーグルトメーカーに保温してもらって、麹カビに…)←くどい

 

夕食時に炊いたご飯を、米麹・水と一緒に保温するだけなので、ちょー簡単なのですが。

一点だけ、微妙。

保温時間が6時間なんです。

半端な時間に仕込むと、真夜中にできあがってしまう…。

 

それで、寝る前に仕込んでいます。

6時間きっかりで冷蔵に切り替えねば、というわけではないので、朝まで放置。

朝食のために台所に下りる頃には、ほどよく冷めている……そんなタイミングで。

 

以前の記事で書いたように、わたし、そんなに好きじゃないんです、甘酒の味。

でも、今回は義母のリクエストで。

「体調がいい気みたい」といわれたら、作らないわけにはまいりません。

 

仕事したり、好きな小説を書いたり、「九ちゃんかわゆす♪」(MIU404)とキャッキャできるのは、家族の健康あってこそ!

 

もちろん、自分自身も健康でなければ。

できたての甘酒をいただきます。

 

形から入る

先月の模様替えの際に発掘された「知的生産の技術」(梅棹忠夫)。

けっこうきれいなので(1984年の36刷。初版は69年)買い直したものだと思われます。

最初に持っていた岩波新書は、カバーなんてかかってなかった気がする…。

 

梅棹先生はもう亡くなっているけど、ご存命なら今年100歳だそうです。

すごく売れた本だから、わたしと同世代くらいだったら、読んだ人も多いのではないかしら。

 

わたしはもちろん(←?)京大型カードもいっぱい買ったし(使ったし)、二つ折りフォルダとかもいっぱい持ってた……自作もした……形から入るタイプです。

なにしろ、スチールのキャビネットまで買ってもらってしまったからなー。

レールがついてて、カララーッて引き出す式の、どこかの事務所とか、古めの探偵ドラマとかで見かけるような、アレです。

たった2段だけど。

高校生の分際で。

けっこうかさばるものでした。それなりの値段もしたんじゃないかな。

あんなものを買ってくれるなんて、うちの親、甘かったのかも。

今だったら(わたしが親で、娘にねだられたら)「引き出し式の衣装ケースでいいのでは?」とか言って、ニトリとか行きそうだわ。

 

キャビネットには、カギがかかる。

結局、わたしがその中に入れていたのは、書きかけの小説とか、アイデアノートとか、詩のノートとか詞のノートとかだった(若いころ「作詞」が好きだったんです)。

参考資料として「えっちな情報のスクラップ」も入れてた気がする…。

これ、知的生産???

(ちょっと待って。「スクラップ」って、今どき、やらない? スクショだったり、スマホで撮ったりで終わってしまうかも)

 

知的な生産かどうかは大いに自信が「ない」けど、一生懸命ではあった……。

「青春はスチール・キャビネット」って詩でも書きたいくらい。

 

模様替えのとき、カギも見つけたので処分しました。

そのキャビネットのカギです。

キャビネット自体がもうないのに、カギだけ持っていてもしかたないですもんね。

(っていうか、なんで今まで持ってたんだろう?)

 

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梅棹先生はエスペランチスト。そこだけが共通点。わたしは万年初心者だけど。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナ

……に関する講演を聴きにいってきました。

 

正確にはそれだけじゃないけど。

日本エスペラント大会(今年の開催地は名古屋)の公開プログラムです。

 

縁はない……行く予定もない……正確な位置さえ知らない(「だいたいあのあたり」というふんわり加減)……そんな国なのに。

でも、お話がおもしろいので、9か月ぶり二回目の聴講です。

 

ボスニア・ヘルツェゴビナに関しては、ブログの記事にできるほどのことは頭に入っていないのですが(すみません! 九州より広くて北海道より狭い、ということは覚えました…)。

講演を聴いたりググったりしているうちに「民族浄化」という恐ろしいできごとを指す言葉も知ってしまった……

 

普段は考えない遠い国のことを思い浮かべてみる……それが刺激になったのか、帰り道では自分の仕事(受講生さんの作品への講評)の新しいアイデアが…。

 

家に着いてから、ざかざかとメモを取りました。

新しいことを知る、考えるって大事だな、と改めて思った一日でした。

 

いえ。

新しいことっていっても、あくまで「わたしにとって」ですけども。

「え、ユーゴスラビアって、もうないの?」

みたいなレベルですからね。

(子どものころ教わったことのほうが、よく覚えているんですよ)

わたしの指紋

先日のこと。

エスカレーターに乗ったら、前に立った女性のリュックが、ガバッと開いたままでした。

ちょっと走ったリしたら、はずみで中のものが飛び出しそう。

 

気になって、後ろから肩をとんとんして、

「開いてますよ」

といいました。

その女性はあわてたけど、背からリュックを下ろす動作でも中のものがこぼれそうだし、エスカレーターって狭いし。

「わたし、閉めましょうか?」といって、ファスナーを閉じたのだけど。

 

あとから、思いました。

ファスナーを閉じる際に中身を抜けるんだなって。

わたしが器用で、ワルモノならね。


さらに気がつきました。

もし、あの女性の持ち物が何か、すでに(エスカレーターに乗る前に)落ちていたら…?

わたしがすり取ったと疑われるかも。

ファスナーのつまみに、わたしの指紋が残ってるわ。困ったな。


何も取ってないことを証明するのはむずかしいよね。

「不器用ですから」(高倉健か)なんて、主張が通るかどうか。

 

何事も起こらないよう祈りつつ……

とりあえずわたしも、リュックのファスナーには気をつけよう。

ありがとう、ミニ・ミニトマト。

夏のあいだずっと、わたしに「おやつ」を提供してくれた……ううん、「茶色い指」のわたしに植物を育てて収穫する喜びを与えてくれたミニ・ミニトマト

 

ありがとう、もうすぐお別れだね。

 

夏じゅう勢いよく育っていた葉っぱたちはもうほとんど枯れて、その先に茂った「わき芽」部分にはまだ実がついています。

赤く熟してもきました。

でも、もう大きくならないし、大きくなった実も変形したりしています。

「トマト」としては寿命なんだなと思います。

 

コロナのせいで在宅が増えて、水やりや施肥やわき芽摘みなど、わたしには信じられないくらい「マメに」こなすことができました。

これまでのような二泊の上京とかが何度も入ったら、きっとその間にダメになっていたと思います。

コロナのせいだけどコロナのおかげという、ビミョーな気持ちもありますが……育てるのは楽しかったです。

 

春に向けて、球根とか植えてみようかな?

すっかり味をシメました。

まだまだ、指は茶色ですけど。

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枯れた葉の上にわちゃわちゃっと育っているようすは「ヤドリギ」みたい。

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大きさの比較にイヤホン。耳に入るサイズのトマトです。←耳トマト?

 

「ストレス」って、なーに?

これまで膀胱炎を何度か経験しているのですが、初めて血尿に至ったとき、初めて行ったクリニックで、ドクターが優しく、

「ストレスかな?」(そのせいで膀胱炎になったのかな?)

とおっしゃった……ので、わたしは落ち込みました。

 

わたしには「ストレス」が何かわからない。

わからないし、自身にストレスがかかっているとも思っていないので、

「それはストレス(のせい)だね」

みたく言われると、「あらぬ疑い」をかけられたかのような気分になるんです。

そんなん、持ってへんわ! って。

 

でも先日、「今日は仕事休みます」って宣言して明治村に行ったら……というか「休んで遊ぼうと思ったとおりに遊んだら」ですね、行き先はリトルワールドでもよかったので……むっちゃ「すっきり」したのです。

その「すっきり感」に自分で驚いたりして……。

 

正直、休んだらもう仕事に戻りたくなくなるかも(戻りたくても戻れなくなるかも)と思っていました。

普段からそう思っているから、いつもは特に「休み」を設けずに毎日だらだら(少しずつ)仕事をしているんです。

ほんと、クリスマスも誕生日も、大晦日も元日も、関係なしに。

一度止まると、動けなくなる気がして。

(少なくとも、再度動き出すとき大きな力が要ると思うので)

 

今回、すっきり感と共に帰ってきたおかげか、翌日から普通に仕事に戻れた……というより妙に前向きになって、「これ書くの、やめとこ」と思っていた作品に戻れたりもしました。

そのうえ、まるでわたしの「休日」を配慮してくれたかのように(明治村に行った日には何もなかったのに)添削関係の仕事がポポポン! と重なって届いたり。

(一部、ご配慮くださった方もあります。お心遣い、感謝します)

 

未だに「ストレス」とは何か、わかりません。

「ストレスだよ」といわれると、ダメっぷりを指摘された気分になるかもしれません。

それでも、休もうっていう感覚を大事にしようと思えたし、休むのが怖くなくなったかも……。

 

考えてみたら、明治村だろうがリトルワールドだろうが、四六時中「行きたい」わけじゃないので、それが頭に浮かぶのは「休みを求めているとき」なんでしょうね。

次回「行こうかなぁ」と感じたときは、万障繰り合わせて、ちゃんと行っちゃおうと思います。

それがストレスゆえかどうかはわからないままでも。