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夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

gotomiwa先生の上半期

今週のお題「上半期ふりかえり」

 

記事を書こうと思って開いたらお題が目に入ったので、ふりかえって数えてみました。

「今年になってからお返しした講評の数」です。

 

複数の講座を併せてですし、記録上は「受講生」ではない方へのものや口頭でお伝えしただけのものもありますし、「作品」ではなく課題へのお返事も含めてですが、数えると……ざっくり85?

 

数字自体は正確とはいえません。

だから「ざっくり」です。

メールでお返ししただけのものは数えようがありません(多すぎという意味ではなく、見つけ出すのがたいへんなので探していないという意味です)し、ひとつの作品に複数回……という場合もありますし。

 

現時点、なので、正味5か月半……(30×5+15というざっくり計算で)165日で80件あまりだとすると、2日で1件みたいな?

 

気持ち的には、1日1件でも「イケる」んですが。

gotomiwa先生の「需要」はそこまでないか(^^ゞ

 

以前からお話をしているように(愚痴っている、といってもいいですね、すみません)最も「不得意」なのは、講評を清書して、推敲して、校正して……という段階なので、ここにとられる時間を使えば、もっとたくさん仕事ができると思う……

(動画を眺めたりゲームをしたり、の時間も使えば、さらに働けるわけですが)

 

推敲は自分でするしかないけれど、校正(抜け字や誤変換を見つけるとか、文法ミスとか)はAIの利用で、「気持ちが楽に」なるかも。

今は、それを「読み上げ」でやっているのです(耳で聞くとミスがわかりやすいと感じるので)。

とはいえ……どうがんばっても……「自分が書いた文章のミス」を見つけるのはむずかしいです。

 

出版された(何人もの目を通す)「本」にだって誤植があるんだから、しかたないとはいえる……わたし自身は、いただく文章にミスがあっても気にならないんですけども。

 

とにかく「点検」が心理的ボトルネック……。

ここを楽にできると(わたしが気楽になれると?)いいのよね。

 

下半期は、そのあたりを工夫してみようと思います。

夏は(わたしより)速い

Somero estas rapida ol mi.(なんちゃってエスペラント、ことわざ風)

 

近年、この時期になると「しんどい」気がします。

梅雨に入るころ……高い湿度のせいかなと思うし、それが一因であるとも思うんだけど、気づいてしまったの。

 

わたしが遅いんだ、わたしの「お着替え」「意識変え」が。

 

昨日まで着ていた(春の)部屋着で妙に汗をかく……。

「あれ? 汗? なんで、わたし、汗なんかかいてるの?」

と、一瞬不審がる。

 

違うのよ、世界が暑いのよ、実際に。

 

もしやと思って(←「もしや」としか思えないところからしてすでに鈍いのだけど)夏物の部屋着に替えたら、スーッと涼しかった……orz

 

実は、扇風機もすでに用意してあるのに、スイッチを入れようと思わなくて……。

「もう使っていいかな、そういえば、6月なんだし、『夏』だよね?」

みたいに自分に確認してから、初めて使いだしました。

 

自分の鈍さ……この「切り替えの遅さ」に、自分でビビッています。

そういえば、暑い日は窓を開けてもいいし、エアコンを入れてもいいんだよね。

首にタオルも巻かなくちゃ。←?

 

などと、だんだん夏仕様になっております(遅い)。

エアコンのフィルターも、ブイブイ掃除しました!

夏は、エアコンなしでは添削の仕事ができないもんね。

(汗で、お預かりした原稿がふにゃふにゃになるからです)

 

わたしのそばで育つみなさん

わたし、「茶色の指」です!

園芸的能力がゼロどころかマイナスで「サボテンも枯らす女」であります。

 

それでも、どうにか育ってくれているものがあり……明日の命はわからないから(そこまで切実なのか……)元気なうちにお披露目しておこうと思います。

 

今回登場するのは、母の日のころ(ということは約一か月前?)に買った寄せ植えです。

丈が高くならないであろうミニトマトと、バジル、そして(たぶん)ネギがセットされています。

 

ちょうどそのころ「ハーブの寄せ植え」がほしかったので、「これもありか」と思って。

自分で植えるのではなく、プロが(?)植えたものを鉢ごと買ってきました。

 

ネギ……葉ネギっていうのかな……は、つんつん伸びるので、そのつど切って薬味にしています。

バジルも伸びたら(摘芯も兼ねて)パスタにしているのですが……わたし、いまいち「スパゲティバジリコ」が上手にできないらしく、首を傾げつつ食しています。

 

トマトは(写真のように)かなり実ができているのですが、まだまだ青いまま。

どれも豊作なら、バジルとトマトでイタリア風とか、ネギとトマトで中華風(ショウガと胡麻油を足す)とか、作れるだろうなぁ……

 

という欲が「茶色の指」の先から発せられると、植物が枯れるのかもしれないので、気をつけよう。

 

それにしても。

青々と育つみなさんを見ていると、いい気持ちです。

 

「チャイブ」ならハーブの寄せ植えっぽくなるけど、「ネギ」だと思います。

 

添削の仕事を「したい理由」

わたしは、3本の指に入るくらい「児童書を読まない」児童文学関係者です。

残りの2本がどなたなのかは想像もつかないから、実は業界唯一かもしれないのですけれども。

 

(ご本や同人誌をお送りいただいても、すぐに読めないことのほうが多いです。本当に申し訳ないですから、通常は「後藤には送らないでね」とお願いしています。同居の嫁で自由にできるスペースが限られ、「本棚」を持っていないという事情もご理解いただけたら……と思います)

 

児童書はそんなに読みませんが、「児童文学(童話)」は日々読んでおります。

受講生さんが書かれたものを。

今は「手書き」の方が非常に少ないので「生原稿」というイメージではないのですが……なんというのでしょうか、その方の脳内から手を通って出てきたものを「そのまま」拝見しているという意味では、とっても「なま」な感じがあります。

 

「この仕事が好きなんですぅ♪」っていうたび、作家さんたちからは「変わってんねー」と言われるので、近頃ではそれが楽しくて「わざと」宣言することもあるほどですが、

「いったい何が楽しいのだろう?」

と考えてみると、その理由のひとつは「なま」であること……かもしれない、と気づきました。

 

その構成に決めたのも、その言葉を選んだのも、受講生(作者)さんである……ストレートにその方の頭の中が伝わってくる……その感じが楽しいのかも。

(書いていて、ちょっと変態チックに見えてきましたが)

 

出版された本を読んでいると、

「きっと出版社側からの提案で、この要素を付け足してるよね」

と思えてしまうものがあるのです(誤解かもしれません)。

「今どきだから、この要素を入れた本が売りやすい」

みたいな判断なんじゃないかなって(邪推かもしれません)。

だって「付け足し」の部分を抜いても成立すると思われる内容だったりするんだもの。

 

わたし自身、そういう提案は(ある程度)受け入れてきたし、「そうすれば本になる」と思えば従います。

仕事だもの、それ自体は「あたりまえ」のことです。

(わたし自身が添削時に「この書き方だと今どきは活字にならないかも」という危惧をお伝えすることもあるくらいなので、「作者が書いたことをそのまま発表するべき!」と思っているわけではありません)

 

でも。

「なま」の原稿を見ると仕事じゃなくても添削したくなるような(大迷惑な)(ビョーキレベルで添削好きな)わたしが、出版された本を読んで、同じように「添削したくなる」ことはないから、やはり、脳内の違う場所で受け止めているんだろうなぁ。

 

いや、そんなことを話したいんじゃないんだった。

 

最近、改めて「この仕事が好き」と思ったのは、手にした「なま」の作品がすごくおもしろかったからです。

世界観、言葉選び、「空気」の作り方……

「これを書いた人とお友だちになりたい!」

と思えるような原稿に出会うたび、うきうきしちゃうし、ときには、感動してうるうるもしてしまうのよ。

 

わたしが「もっと添削の仕事をしたい!」と誰彼かまわず公言している理由、わかっていただけるでしょうか。

(無理か……)

児童文学を書く、ということ

今月は(偶然にも)いろんな方面からその話題がやってきて、

「児童文学(童話)を書く、書いていく」

って、どういうことなんだろうなぁと改めて考えることが多かった。

 

以前からよく「ネタ」にしているけれど、とある講演会(セミナー? 某公募のキャンペーンでもある選考委員のトークショーみたいな)に出かけ、ロビーで話しかけられた女性……70歳前後に見える方と言葉を交わしたとき、

「わたし、娘に児童文学を書いてほしいんです」(だから聴きにきたんです)

と言われて、返す言葉に困ってしまった。

 

当時のわたしは、その公募の応募者のひとりに過ぎなくて、だから、「児童文学を書く人」も多くは知らなくて……。

そういうのが普通なのか、「稀」なことなのかも判断できなかった。

それでも、「娘さんが書いてくれるといいですね」的な返しはしなかったように思う。

そういえる如才なさというか、コミュニケーション能力を、当時から持ち合わせていなかったから(今も、当然ありません)。

 

児童文学は(いや、俳句でも油絵でも講談でも何でも)やりたい人が自発的にやるものだ……と思うから。

だから、その方の娘さんが、

「わたし、児童文学を書きたいの、その賞に応募したいの、でも(仕事で、出産で、その他で)行けないから、お母さん、話を聞いてきて! 内容を教えて!」

というなら、わかる……。

「娘が児童文学を書きたがっているんです」(でも、今日は来られなくて)なら。

 

「この人、何かを吐き出したい感じだな」というのが見えれば、そのエネルギーの「出口」(出す方向)のひとつとして、児童文学(童話)を「おすすめ」することはできる……と思う。

でも、「書かない人(書く気がない人)」に、「書きなよ~」とは言わないと思う。

「(その気もなさそうな)この人に書いてほしい」と考えることもないと思う。

(いま書いていて)書くのをやめていく人にも「じゃあね~」で済ませると思う。

「と思う」が連続してるけど(作品なら添削が入るところです)そう思ってる。

そのつもりでいる。

 

とはいえ、「おすすめ」する際のわたしの「目」が確かなわけでもないので、

「もっと書きなよ」

「これ、書き直そうよ」

「あの賞に間に合うから、出して」

というのが(ハイ、しょっちゅう言っています)が的外れだったり、過剰だったりする可能性は大いにあって……反省することもしばしば。

 

うざい、と思われるでしょうが、その気があったら(その気になったら)「乗って」ください。

歯科でも老化を実感する

アクシデントがありまして。

「いろいろ起こるものだなぁ」と、それだけでも老化を感じていたのですが。

gotomiwa.hatenablog.com

ある朝、突然。過去に治療した歯が崩壊しました。

(「詰め物が取れた」系と思っていただければ……)

硬いものを食べたわけじゃないのになぁ……お味噌汁摂取中だったのになぁ。

 

いきなり話が逸れますが。

最近、実父(もうすぐ90)の歯が数本抜けまして、8020(80歳でも自分の歯が20本以上ある)を誉められた父でも、10年後は部分入れ歯が必要になるんだなぁ……なんて思っていたのです。

 

で、自分の歯が崩壊したとき、不安でした。

残った部分を抜くんだろうか?

崩壊してもまるで痛くないし、沁みないってことは、きっと神経も抜いた歯なんだろう、もう残せませんって言われちゃうかも……わたしも部分入れ歯かな、どうなるのかな……。

と、不安と絶望で歯医者さんに行きまして。

 

結果から書きますと、残りを抜くんじゃなくて、残りを土台に「歯を作る」(かぶせる?)感じの治療になりました。

よかった。

 

ただ、驚いたのはその歯、神経を抜いていないんですって(レントゲンで確認)。

それでも全然痛みがないのは、ぶっちゃけて言えば、

「老化で神経が後退した(縮んだ?)から」

なんですって。

(先生は、もっと言葉を選んでくださったのですが、わたしが「老化ですね!」といってしまった……なんか、楽しくなっちゃって)

 

もちろん、神経が「なくなる」のはいいことじゃないんだけど、痛くもなんともないことで、ちょっと得した気分にもなったのです。

(いえ、絶対に「得」ではないって、ホントにホントに、頭ではわかってますけれども)

 

そんなわけで、6月は皮膚科と歯科に通院することになってしまいました……。

どちらも長くはかからないと思うし、骨折時の整形外科のように「毎日」ではないのですが、コロナの自粛期間まではめったにお医者さんに行くことがなかった(数年に一度の膀胱炎ばっかり)と考えると、診察券でカードゲームができそうな今は、やっぱり「老化」しているのでしょうね。

 

この「老化を実感」がシリーズにならないことは、切に祈ってます。

それ、今、買ってきました。

ひょんなことから、スマホを変えました(いわゆる機種変更です)。

 

わたしのスマホは、出はじめのころからGooglePixel(4a、6aと来て、今は8a)。

背面に「G」ってイニシャルつき(嘘です)。

 

以前に比べて、機種変更時のデータの移行とか、ずいぶん楽になっていると思うのですが、一部のアプリは「あなた、初めて来ましたね?」な顔をされるので、数字とかアルファベットとか、あちこち入れ直さなくてはいけなくて。

まだまだ、面倒も多いです。

(今さっき別のデバイスからログインがあってんけど、それ、あんたなん? ほんまに? みたいな問い合わせメールもいっぱい来る)

 

機種変更して帰宅し、アプリをあれこれ開いていたら……SNSの広告にGooglePixelが登場して、ちょっと驚きました。

「え、今、それに変えてきましたぜ」

と思った……

 

たとえばわたしが話をしたり※調べてみたり出かけた場所に関連したり……な広告をスマホやPCが繰り出してくるってことは、しょっちゅうなのですが……。

(※スマホって、盗聴もしてるとわたしは思ってます)

何を使ってその広告を見ているかまでは、わかってないのかもしれないなぁ。

どんなに広告されても(今は)同じものを買わないよね、スマホだもん。

 

あー、ログインの設定、めんどくさ~~~と思いながらも、なんとなく笑えてしまったできごとでした。

 

(わあ、わたしのと同じだ~~と笑って、「詳しく」見てしまったせいか、「興味あり」と思われたのかなぁ、未だに出てきますよ、Pixel8aの広告)