9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

使ったことがない手帳

今週のお題「手帳」

……だそうです。

 

先日、今年の手帳をいただきました。

毎年、違う色のカバーの手帳をいただくのです。

昨年は藤色だったかな?

 

はい……覚えていないです。

だって使わないから。

(捨てちゃうわけじゃないので、探せば、色はわかるはず)

 

これは、愛知県の民生委員の手帳です。

全国一緒の手帳があるのか、愛知県独自のものなのか、わからないけど。

スケジュール欄のほかに、関連する法律(生活保護法とか児童福祉法とか)の抜粋などが載っています。

これは全国で同じなのかなぁ。

別冊付録(こちらは愛知県独自の内容)が分厚くて、県内の施設等々の一覧がぎっしり。

老眼では読めないであろうし、任務(※)が何であれ、付録は持ち歩く必要ないと思うんだけどなー(要るとしたら自分の市の部分だけ)。

 

 ※ 民生委員としての役目をこう呼び、自身の「仕事」と区別しています。

 

2期目の最終年、わたしもとうとう6年目になりました。

(民生委員は12月から「1年」がはじまります。1期は3年です)

3期目も務めることになっているので、何事もなければ少なくともあと4年弱、任務が続きます。

 

さて、支給された手帳を使うことは、この先あるでしょうか。

 

(余談ですけど、委員内でじわりじわりと仕事がバレています……なぜか「絵本作家」という誤情報も。訂正のために仕事の話をしてしまうはずかしさ……orz)

 

f:id:gotomiwa:20220118210044j:plain

サイズは、縦がスマホくらいの長さです。わりと小さいです。

紫のたくあんができた報告

ブログ4年目初日という記念すべき(かな?)日にも、ささやかな話題を書くgotomiwaです。

 

先日のブログの後日譚。

gotomiwa.hatenablog.com

無事に、たくあんらしきものになりました。

中が白っぽかったほうの大根も、かなり染まっています。

普通の大根で作ったのと比べて、硬いかな(皮が特に)という印象ですが、「食べられるもの」になってホッとしています。

 

今は次のたくあん(普通の大根の)を漬けています。

そろそろ最後かな。

もう一回くらい、作れるかな。

楽しいたくあん生活でした。

 

パッと見、しば漬けの仲間みたいな感じですね。

f:id:gotomiwa:20220118060634j:plain

世の中には緑の大根もあるんですよね。「緑のたくあん」も作ってみたいかも。

 

まる3年?

このブログの誕生日は、2019年1月18日です。

今日は2022年1月17日ですから、まるっと3年たったのですね。

 

3年前は、コロナ禍の影も形もなかったのですよね。

これからも、いま想像もできないことが起こるのかも。

それが、想像を絶するグッドニュースって場合もあるわけで……

うん、期待していましょう!

 

お立ち寄りくださるみなさん、ありがとうございます。

何の役にも立たないことをこれからも書いていきます。

(すみません……)

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

f:id:gotomiwa:20220117062222j:plain

初詣で(娘が)引いたおみくじ。トラの中からくじが出てきます。



膝かけ、さらに2枚。

1年くらい前じゃなかったかなぁ、と思ってググったら、ほぼ当たっていました。

gotomiwa.hatenablog.com

今年も、ユニクロで膝かけを買ってきました。

冬物なので、もうお安くなっております。

たぶん「残っている柄」しか選べない状態だと思いますが、全然オッケーです(残ってるのも嫌いじゃない色柄だし)。

 

この冬は、上記記事のように「昨年買ったふわふわの」と「冷たくて重く、かちかちに感じる古いの」とを使っていたのですが、

「こんなに寒いんだから、ふわふわのを増やせばいいんじゃないの?」

と、いきなり気づいてしまったのです(遅いわ)。

 

で、ユニクロに行ったら値段が下がっていて……そういえば、前回も下がってたっけと思いつつ……どうせならデスクトップの前にもノートPCの前にも常備しておけばいいんじゃない? と店頭で思いついて……

2枚買ってきました。

太っ腹!(値下げされてたからだけど)

これで「新人(ふわふわ)が2枚」「先輩(ふわふわ)が1枚」「大先輩(かちかち)が1枚」と、ユニクロの膝かけが完備(?)されたのです。

 

1枚を膝にかけ(あるいは腰に巻き)もう1枚は肩に巻いて、ぬくぬく、ずるずる、歩き回ることもできます。

1枚どこかに置き忘れてきても、別の子がここもにいる……そんな生活。

 

「おたく、暖房ないんですか?」

って、思われているかも。

 

一応あります。

朝だけは(ちょー冷えるので)温風が出るヒーターを使っています。

でも、エアコンは……。

 

そういえば、この冬は使ってないなー。最初に冷え込んだとき、1回か2回使った記憶はありますが。

特に、ノートPCはエアコンの真下にあるので、温風が出てきたら絶対に寝ちゃう……と思って。

雪が積もった日でも使ってないくらいですから、この先も使わないかも。

添削作業もリモート会議も、膝かけぐるぐるでやっていきます。

 

大先輩に敬意を表して「かちかち」さんもどこかで使ってあげたいなー。

冬休み、やっと終わり。

実際は「冬休み」ではないのですけど。

 

それは「年末年始」という非日常。

一度、日常が戻りかけたけど、すぐに三連休。

本格的に日常が戻ったときには、1月も中旬という……。

「え、もう?」

と、毎年驚いている気がします。

 

その間もすべき(期限付きの)仕事はあり、ちょこちょこ(?)取り組んでいたのですが、わたしが「日常だわぁ」と感じる時間が戻ってきたのは、昨日くらいからでした。

 

戻りかけた数日に、「日常の使い方」を改めて考えました。

たとえば、添削講評の仕事は一定の日に集中して済ませる(何も仕事がない、空いた日を作る)ほうがいいか、毎日決まった件数(または時間)に留めて、残りの時間を好きに使うのがいいか、とか。

 

昨年までは完全に前者だったのだけど……仕事するほどの集中力が消えている夜にまで、頭の中が仕事のことだらけで、ボーッとyoutubeを見て(自己嫌悪で)終わる、となったりするのですよね。

まる一日空けてみても、だらだらしちゃったりも(一日じゅう創作できるわけじゃない、というか)。

 

今年最初の仕事については、後者の方式……「今日はまだイケる」と思っても、わざと翌日に持ち越したりしてみました。

そのおかげか(どうかな?)午後には映画を一本観ることができたり、夜には、少しとはいえ、創作活動に戻れたりもしました。

でも、これは、今回「たまたま」かもしれない……

 

そういえば、男性作家さんの何人かが、

「午前中に仕事をして、午後は読書などに充てる」

と、おっしゃっているのを聞いたことがあるなぁ。

そのころは子育てもバタバタで、「いいわね、男性は仕事だけできて」みたいに思ってたけど(僻みです、ごめんなさい)今のわたしはそういうこともできるんですよね。

ふむふむ。

 

どうするのがベターなのか……。

長年のやり方を少しずつずらすというか、微調整してみます。

とりあえず、自分を幸せにするのが大事。

「その日の自分に満足して眠れるように」なりたいのです。

雪です!!

…なんて騒いだら、雪国の方に笑われそうですが。

 

雪国ではないがゆえに、何の準備も装備もない我が家。

門扉は(取っ手が)凍ってしまい、脱出に苦労しています。

 

いつもは気軽にサンダルで行くゴミ出しも、帽子に手袋(転倒時のダメージを減らせるように)にウォーキングシューズ(転倒予防)で行ってきました。

 

「わーい、雪だー!」

といって、どんなに少ない雪でもかき集めてミニ雪だるまとか作っていたころに比べたら、ほんと、「おばあさん」みたい。

 

でも、安全第一なのです。

安全=健康ね。

 

とかなんとかいいつつ、やっぱり「わーい」と思って、写真を撮ったりはしてしまうのでした。

下のは、いただいた10センチほどの枝から(土に挿しといたら)育ったローズマリーです。

f:id:gotomiwa:20220114071738j:plain

毎年、伸びすぎた枝を切ってるけど、まだこんなに大きいの。

 

これから「なれる」もの

ちょっとしたきっかけで、考えてしまうことがあるのです。

「今」から何かになろう、なんて、手遅れなのかしらと。

 

もちろん、今から宝塚に入りたいとかオリンピックに出たいとか、そういうことは思っていません。

選べないものがあるということは、わかっています。

 

ただ……

気がつくと「これから何になろうかな、なれるかな」的に考えている自分がいるわけで……

 

能力の足りなさを思い知るたび、「わたしはもう、何にもなれないのかもしれない」と思ってしまうのです。

 

人生100年、まだまだわたしなど小娘じゃん」という思いもある……いえ、そういう思いがあるからこそ、

「ほんとの小娘(失敬。若い女性のことです)なら、可能性もいっぱい持っているのだろうに(やっぱりわたしは老女じゃん)」

と考えてしまうのかもしれません。←暗いわっ

 

目指したら数年後に「児童小説家」になれたし、現役で「添削講師」を名乗れていますし、

「おまえは、それで十分じゃないか」

と、わたしの上記のような言動にイラ立つ方もあるでしょうか……恐縮です。

 

一応「目指す何か」になったことがあるくせに、さらにこの先、別の「何か」になりたいと思っているなんて、欲深なのかもしれないですね。

親の世代なら、会社は定年で「余生」とか言われていたであろうお年頃なのに。

 

いよいよ頭や体が動かなくなる日まで「何を目指せるかな」と考えたり、実際に目指してみたりしそうで……そして、実現できずに落ち込んだりしていそうで、この先の自分が心配です。

マジで。