9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

「け」か、「か」か。

ブログでもtwitterでも、いや、リアルで初対面の人にまでも、最近は、

「童話(児童文学)創作の添削講師をしています」

と、自身について説明しています。

 

以前なら「作家です、講師もしています」という感じだったのに。

 

実際、コロナ禍になって以来(※1)、自身の作品はほとんど書いていないし。

(ゆえに出版もしていない……今は「ボツ」になってるんじゃなく、書いていないんです。かつてはボツも多かったんですけども)

 

 (※1)たまたまかもしれないけど、この数年、添削の受講生さんが増えている、というか熱心さが増しているというか、月あたり、以前の倍くらいの件数(枚数)の講評を書くのが常態化しました。

 

「えー。書かないんじゃなくて、書けなくなったんじゃないのー?」

と、意地悪な人には言われちゃうかもしれないし。

「書く機会がないなら、まぁ、書かなくてもいいかなー」

と、わたし自身、(書けないのかもという)危機感がなかったし。

そうこうしているうちに「創作脳」は萎縮していくのかもね、くらいに思っていました。

(作家としては、マジで危機感ないですね、自分でもびっくり)

 

でも、お約束している創作仕事はありまして。

その件で担当者さんとやり取りをしたら、いきなり、パーーッと見えて(それをメモして)草稿ができてしまった。

 

よく「プロットは書くべきか」みたいな話題が出るけど、わたしの場合、普段は「書かない」のです。

短編なら全部脳内に見えるから……歴史年表みたいに。

(以前は、50枚の作品までなら見えたなー。今はわかりません)

それを文字で書き起こすのが「面倒!」という意味で、プロットが書けないし、書かないのです。

 

仕事では、それを編集者さんにプレゼンしないといけないので、プロットは書けたほうがいい……書けないと仕事がしづらいんですけども。

(「おれの目を見ろ」的に、脳内をのぞいてくださいとは言えないしね)

わたしが「プロットが書けない」というと、行き当たりばったりで書いているのか? と誤解されることもありますが……まぁ、それに近い場合もありますが(※2)たいていは脳内にあります。見せられなくて、残念。←??

 

 (※2)4巻組の「ボーイズ・イン・ブラック」のラストが「見えた」のは2巻を書いているときであった……

 

話がどんどこ逸れていますが。

今でも、刺激を受ければ創作脳がパーーッとまわりだすのだとわかって。

脳内ではじまった「初めて見るお話」が楽しくて。

 

わたし、童話を書「け」なくなったわけじゃないな、今は書「か」ないだけなんだなと……なんとなくホッとした、という記事です、これは。