日々「gotomiwa先生」として添削講評をしておりますが、自身の作品も書いております。
作品は書いたら「寝かせる」のですが……寝かしつける(?)前はひそかに思っているわけですよ。
「できたわ…フフッ」
でも、まぁ念のために寝かせて、提出前に一応点検(推敲)しましょ……みたいな気持ちです。
それなのに……。
寝た子を起こして……じゃなく、ファイルを開いてながめてみると、
「ここがへん」
「ここもへん」
「ぎゃーっ」ってなる。
できてない……。
「できたわ」って、フフッと笑った過去のわたし、アホだ。
どうして一発でキマらないのだろうか。
創作とはそういうものなのだろうか。
……自分にがっかりしつつ、添削講評の仕事に戻って。
ふと思うわけです。
「推敲って、今のわたしによる過去のわたし(の作品)の添削作業なのかも」
と。
「この原稿の作者さんだって、提出時には『できた』と思っていたはず。それから日がたって、今ごろ『あそこはへんだった』『あそこはこうすべきだった』と気づいて、心の中が『ぎゃーっ』かもしれない」
と。
「ここがへんです」って添削講師(gotomiwaです)が指摘するまでもないというか、指摘したとしても、「そんなん、もうわかっとるわい」って気分になるかもしれないな……。
ごめんね。
わたしは、過去のあなた(の作品)にお返事を書いているんだね……。
実際、講評に書くことはあります。
「すでにお気づきかもしれませんが……」みたいな前置きを。
返ってきた原稿を見て「ここは気づけなかった!」ってなってくれているなら、講師の存在価値があるんだけどな……
どうなんだろ。
いきなり不安になるgotomiwaです。