9時から4時まで

夜9時に寝て朝4時に起きるgotomiwaが可能なかぎりつまらないことを書くためのブログです

ええっ、「ほのぼの童話館」!?

仕事の関係で童話賞を検索していたら「ほのぼの童話館」の名がヒットしたので、

「今でもやってるの?」

「復活したの?」

と、ほんの2秒くらい、軽くパニックになりました。

 

リンク先に行ってみたら、過去の情報だったのですが……

2005年という(応募締切の)数字を見て、なつかしさにしみじみ(/_;)

 

こんな記事です。

(過去のものです。くれぐれも誤解なきよう)←そんなん、わたしだけか?

compe.japandesign.ne.jp

そうか、わたしは14回の受賞者だったのか。

いつのまにか、そういう数字は忘れてしまっていました。

(作品タイトルは「のびるマンション」といいます。そういうことは覚えています)

 

その後(2000年末に)わたしはデビューし、選考委員のおひとりが退任なさるのを機に、第14回大賞のご縁で選考委員に加えていただきました。

その際に(勉強になるから、と)下読みもさせていただいた経験が……何百もの生原稿を手に取ったことが、今、とても役立っていると思います。

本当に勉強になった……「デビュー(受賞)を目指すみんなは一度、ほかの人の応募原稿を見るといいよ」と思っているくらいです。

 

選考委員になったからこそ聞けたこと、ではあるのだけど。

わたしの受賞時、優秀賞だった作品と「どちらをトップにするか」で、当時の選考委員の意見が2対2で割れたんですって。

こういうのは多数決ではないので……話し合いの結果、わたしが大賞をいただいたのだけど。

 

わたしが優秀賞だったら(その後デビューしたとしても)選考委員まではさせていただけなかったかもしれない、と思います。

1位と2位には、そのくらいの「違い」があると思う……。

 

その日……2対2で割れた(たまたま男性対女性だったらしい)選考会で、どんな話し合いがされたのかまでは知る由もありませんが、「後藤を大賞にしといてよかったね」といっていただけるとようにがんばらねば……と思ったことも、そう思ったとき、ほかの委員の先生方と某所のエスカレーターに乗っていたことも、なつかしく思い出しています。

 

※※※

 

今回は自分が大賞だった話だけど……。

わたしは「佳作受賞」も多いので(自称・佳作コレクター)その位置からの「違い」もいっぱい体験しました。

そんな話も、機会があれば書きます。