zoom講評のことは、今までにも書いたかな。
数回(数名)zoomを使って、その方の作品について話す……を試みたことがあります。
今週も、普段はメールで講評をお返しする受講生さんのおひとりと、させていただきました。
わたしは「通信添削」の講師ですから、仕事の大半は郵便オンリーの(メールですらない)「やりとり」なしの一方通行。
書かれている原稿から推測しなければならないこともあります。
どういう意図でこう書いたのでしょう?
もしかしてAですか? それなら、○○……
それともBかも? もしそうなら、××……
これを何パターンか、書くこともあります。
そのせいもあって、わたしの講評は長くなりがちなのですが、いくつ予想しても的をはずしていたりするのです。
はじめから、書かれている内容が読み取りきれていないこともあります。
その場合は、いくつ「もし」を書いてもアサッテの方角に行くばかりですよね。
リアルタイムの「やり取り」をすれば……顔を合わせて尋ねながら(聴きながら)進めていけば、あっというまにすっきり解決したりするのです。
コロナ前、それがしたかった。
カウンセラーとか占い師のように、テーブルを(原稿を)挟んで対話しながら……作品をより良くする方法を探りたかった……。
「そのために、全国どこにでも行くよ」
と思っていた……。
コロナに感謝はできないけれど、コロナがオンライン会議のツールを(検索やメールのように)身近にしてくれた気がします。
(そういうものは以前からあったけど、普段から使おうとはしなかったと思うのです)
したかったのに、zoomが日常に馴染んできたのに、未だにちゃんとできていないのは、わたし自身がシステムを作れないままだから。
(このあたりは過去の記事でもぐちぐち書いておりますね)
そして、わたしの仕事(と「ひとり事務局」=各方面の雑用)も増えてしまったから。
一時、通信添削の仕事(絶対的に郵便オンリーの)も増えましたし。
とか言いつつ、結局はわたし自身の怠慢ゆえに、
「よっしゃ、ほな、行くで」
というダッシュな感じにはなれないわけです。
それでも、来年度はもっと利用していきたいなぁと考えています。
新しいPCで、zoomできるようになったしね!(マイクもカメラも調子がいいです)
タイトルは「メリット」にしました……が、デメリットもあるはず。
「お互いの時間を合わせなくては」とか。
「いくら在宅でもパジャマのままではできないな」とか。←しようとするな。
そのあたりも探りつつ、工夫しながら利用していきたいです。
わたし、一応zoomの有料アカウント持ちなので「使わにゃソンソン」。
元来の「ケチさ」も背中を押してくれているようです。